なごやの文化財

宝生院中興開山印雅上人逆修塔

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宝生院中興開山印雅上人逆修塔
地域
天白区
時代
江戸時代初期【寛永14年(1637)】
文化財の種類
建造物
ゆかりのある人物

真福寺二十四世卬雅

所在地
〒468-0071
天白区天白町大字八事裏山、八事墓地内・宝生院墓地
最寄駅

塩釜口駅

行き方

地下鉄鶴舞線「塩釜口」駅から徒歩13分

観覧料
休館日
見学
常時
市指定年月日
昭和48.10.15
所有者・管理者
宝生院

家康の命によって大須文庫とともに移築された逆修の塔。

寛永14年(1637)に宝生院二四世印雅上人が自らの死後の冥福を願うため、生前に善業を営むという逆修供養のための造塔である。
宝生院は、慶長17年(1612)家康の命で大須文庫とともに名古屋に移ったものの堂塔が完備せず、この印雅の代の寛永4年(1637)に寄進を受け、一寺として威厳を保つことができた。このことから印雅上人は自らを中興開山と称していた。

所在地
〒468-0071 天白区天白町大字八事裏山、八事墓地内・宝生院墓地
最寄駅

塩釜口駅

行き方

地下鉄鶴舞線「塩釜口」駅から徒歩13分